数学講師 西岡 康夫
― 生徒のモチベーションを高めるために行われている取り組みはございますか?
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まず根本的なことは「けなさない」ということですよね。山本五十六の言葉に「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という有名な文句がありますが、けなされてモチベーションが上がるのは本当にごくごく一部の生徒ですので、褒めてあげることがまず大切です。褒めるというのにも二つあって、クラス全体を褒めるのと、特定の個人を褒めるのとがあります。生徒を見ていて気づきがあったことや、誰かが良いアイディアを出した時に、個人を褒めることはよくされますが、クラス全体を褒めることはあまりされないかもしれません。この、クラス全体を褒めることには効果があると思います。
予備校の大教室の授業でそんなことをやるのかと思われるかもしれませんが、先生方はけっこうやっています。半分お世辞のようにしながらも「君たち優秀だから」などと言ってクラス全体のモチベーションを上げています。お世辞だと分かっていてもこれを聞かされて嫌な気分になる生徒はいないと思います。まずは、やはり褒めてあげることが大切だと思います。ただし、とても難しく誰もが悩むような問題を素材として扱った場合などは、生徒を褒めるのが難しいかと思いますが、完答されていなくてもいいから、発案(アイディアをどう出すか)という点や、発想の豊かさという点について、気付いた時点で早め早めに褒めてあげることが、次のステップに繋がっていくと思います。また、「いいか、わかったか。」などと理解を強要するような言葉は厳に戒めるべきだと考えます。
― 時期によっては生徒のモチベーションが下がることもあるかと思いますが、これを維持させていくための方法などはございますか?
- 例えば、漢字検定に代表されるような試験は努力と獲得する得点力が<図1>のように、線形に変化していくと思います。頑張れば頑張るほど、得点も上がっていくということです。ところが数学の試験はこういった図にはなりません。<図2>のように段階的にぽんと上がっていくようなイメージです。この場合、ある程度我慢が必要になってきます。生徒には<図3>のような図を示して、「今君はこの星の部分にいて、あと少しで上に上がれるのにここであきらめていないか」などという話はよくしています。努力軸と得点軸がこうした動きをするのは、数学や物理の特徴ではないかと思います。飲みこめて使えるようになるまで、時間がかかるということです。だからこそ、数学の得点にはばらつきが出ます。細かい点差よりも大問一つができるかできないかというAll or Nothingになってしまうのにはこういった要素が大きいのではないかと思います。
― 生徒のモチベーションを高めるための授業として意識されているものはございますか?
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20世紀を代表する数学者であるアンドレ・ヴェイユが、「数学の講義というのは発声とレトリックだ」と言ったと聞いています。これは傾聴に値する言葉だと思います。大数学者でさえ、数学の「知識だ」などとは一言も言っていません。数学の授業を完成させていくために重要なことはまず、教師がもごもごしゃべらない、「発声をしっかりと行う」ということです。人間ですから、間違ったことを言ってしまうかもしれない、しかしそれは後で謝ればいいわけであって、むしろ生徒側が誤りに気付いて教師に「おかしいのでは」と言ってくればそれは生徒にとっても教育となります。とにかく自信なさげにやらないということが重要です。
またレトリックについて、私も自分のレトリックを磨くことについては、教師生活の中で考え抜いてきました。このレトリックを考え抜いて臨んだ授業は概ね生徒の反応も良かったのではないかと思います。数学はどうしても抽象的な学問ですから、形而上的な話に終始しがちですが、それを一回彼らの実体験のレベルにまで落とし込んでいく修辞の技法(レトリック)が重要だと思います。メディアなどで数学関係の番組を見る機会があるかと思うのですが、よく分かる先生、分かった気にさせてくれる先生というのは、たとえがうまいです。とにかくたとえをしっかり仕込んでいくことが、授業において重要ではないかと思います。授業で話す内容を考える際にも、レトリックを重視して考えていくことが効果的ではないかと思います。
― 例えば、微分、積分を授業で扱うとしたらどのようなレトリックを使うのですか?
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難しいことではありません。言葉を大事にするということです。微分でも積分でも一つのターニングポイントというのは「平均値の定理」です。この平均というのはそもそも小学校から習っています。平均という感じは「平(たいらに)均(ならす)」ということです。要するに、でこぼこになっているものをたいらにすることです。グランドキーパーがトンボという道具でグランドをならすようなものです。あのイメージで考えると、積分の平均値という生徒諸君にとって非常に飲み込みにくい概念を、面積ででこぼこになっているところをフラットにしていく作業なんだと伝えると、すとんと落ちたりすることもあります。
積分そのものも微分の逆演算として入っていくのではなく、区分されたものを集めていくというイメージが重要なんだと伝えています。例えば、「あなたがたが、布の上につくってしまったシミの面積を知りたいと思ったらどうしますか?」と問いかけます。シミの面積を出すような公式はないですよね、でも透明な方眼紙などをシミの面に被せてあげて、1センチのグリッドでそれが何個あるかを調べればできます。もっと微細に1ミリのグリッドだったらこれをより正確に出すことができます。これが微積分の着想ですよね。こんなふうにレトリックを使用しています。確率にしても統計にしても皆同じことが言えます。要は教師側が使おうとしている言葉に対して真摯に向き合うかどうかが決定的に重要であると思います。
聞き手:吉田