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最新の入試問題を研究し教科書を超えた入試に備えよう - 大町 尚史(生物)

生物講師  大町 尚史

― まずは先生の授業の準備についてお伺いします。どのように授業準備をされていますか?

  • インタビュー風景僕は「旺文社 全国大学入試問題正解」の仕事をしているので、ほぼ全ての大学入試問題を確認しています。新しく取り上げられるようになった分野やもう少し自分の理解を深める必要があると感じた分野を調べることが、僕の準備です。受験シーズンに解いた最新の入試問題を踏まえて、4月からの授業に臨みますから、授業内容は毎年新しくなっています。
    また教科書に新しく重要事項として記載された内容については、重点的に準備します。最近だと「人類の進化」です。「人類の進化」は、人類学者の希望で教科書に掲載された分野で、ホモ・ハイデルベルゲンシスやアルディピテクス・ラミダス、サヘラントロプス・チャデンシスなどかなり詳細な内容が、扱われるようになりました。その影響で、ここ数年ネアンデルタール人に関する問題がよく出題されています。この分野については、今年出版された「ちくま新書 遺伝人類学入門」という本を読んでいるところです。
    「今まで旧人であり人類とは違うとされていたネアンデルタール人は、人類の一種である」という教科書より進んだ理解に基づいた問題が、入試で出題されています。入試生物は教科書より新しい内容を含んでいます。高校の先生も、最新の知識をどんどん調べて生徒に還元しなくてはなりません。実際の入試問題を解いて、「旺文社 大学入試問題正解」の巻頭言などにも目を通し、新しく注目されている分野や自身の知識が足りない分野を見つけて、調べることが大切です。

― 実際の授業についてお伺いします。授業の際に意識されていることはありますか?

  • 入試生物として実際的な授業を行うことを意識しています。教科書・テキストを一定のペースで進めるのではなく、入試であまり扱われない分野は手短に済ませて、重要な分野に時間をかけます。
    授業中に生徒に考えさせることも大切です。僕は授業中にかなりの量の記述をさせて、机間指導をしながら確認します。生徒は授業中ずっと頭を使い続けます。記述の時に手が止まる生徒がいれば、階段を登るようにヒントを小出しにします。こうすると、あまり成績の良くない生徒もきちんと授業内容を理解出来ます。一つ例を出して説明します。
    「オタマジャクシの尾部を切除し、チロキシンを入れると尾部が小さくなるがそこに脳下垂体を挟むと変態が停止するのはなぜか?」という変態を題材にした問題があります。正解は「視床下部から離れた脳下垂体は、変態を阻害するプロラクチンを分泌するから」です。「プロラクチン→変態阻害」や「視床下部→プロラクチンの分泌阻害」という連想が出来ない生徒もいますから、その都度ヒントを出します。
    事前にプロラクチンの分泌制御など、解答に必要な情報は、全て与えるようにしています。その上で生徒が理解できているかどうかを確認しています。情報は与えているので、苦手な生徒も「さっきやったぞ」と考えてくれます。
    授業では、解説と演習を数分の周期で繰り返します。例のように、プロラクチンが変態を阻害することだけでなく、関連したトピックスを加えて説明します。「入試ではその知識がどのように扱われるか」を踏まえて、授業中には考え方を生徒に教えるようにしています。

― 考え方が重要なのですね。考え方のコツはあるのでしょうか?

  • 物事を様々な角度から見ることも重要です。2018年11月の生物基礎共通テスト試行調査で、人体の横断面図が登場しました。生徒達は、人体模型などの縦断面を見慣れていて、横断面はほとんど見たことがないでしょう。うまくイメージ出来ず、正答率は低かったと予想されます。
    日頃考えてもいないことを試験で問われると、生徒は戸惑ってしまいます。僕の授業では、色々な観点から物事を思考する力を身につけられるように意識しています。知識を与えて考えさせる際は、その知識が入試ではどのように使われるのかということを織り込んで教えるようにしています。生徒のレベルがある程度高ければ、2年生の授業でもこうして教えています。大切なのは学んだことを授業中に無理なく使わせることです。
    2024年から生物の教科書は、内容がかなり絞られます。用語がずっと減り、「考え、実験をデザインし、仮説を検証する力」が問われるようになります。入試問題も同じ傾向になるでしょう。
    今までの入試問題であれば、与えられたデータを見れば、そこから何かの結論を導くことができました。最新の入試問題では非常に多くのデータが与えられ、そこから必要なデータを取り出して考えなくてはなりません。いくつもの仮説が存在する状況で、データからこの仮説は否定できる・否定できないと考察して、考えを進めていかなくてはならない問題が、今後増えていくでしょう。そこで求められるのは、思考し、分析して、正しい推論とはっきりと誤った推論を見分けることができる能力です。

― 最新の資料に多く触れた上で、多面的な思考力を養う必要があるということですね。情報の収集についておすすめの方法はありますか?

  • インターネットの活用です。その研究領域で有名な研究室のWebサイトなど信頼できるWebサイトを見てください。

― 復習についてはどのようにお考えですか?

  • 授業の内容を次回までにマスターできるように復習を推奨しています。授業の合間に、前回の授業の内容を問いかけるようにしています。
    生徒に具体的な方法を指示することはありませんが、1学期の最初の授業で「帰り道、風呂の中、食事中、寝る前、朝起きた時、とにかく寝ても覚めても復習して、次回までに今日の内容を完璧にしておきなさい」とは言っています。僕自身そうやって大学に合格しました。

― 先生は高校の先生向けの研修も担当されていますが、高校の先生方の授業についてはどのようにお考えですか?

  • インタビュー風景少し厳しいことを言いますが、出足が遅いですね。チャイムが鳴ってから簡単な雑談をしたりプリントを配ったりして時間をロスしているケースがあります。
    授業そのものもスローペースです。生徒が暇そうに資料集や窓の外を眺めている授業もありました。生徒は若いのでハイペースで進めてしまっても大丈夫です。テンポよく授業を進めるための工夫としては、まず板書のペースを上げることです。書くスピードそのものを速くすることに加えて、必要なことだけを簡潔に書けば無駄な時間を減らせます。
    グラフの見せ方なども、工夫できるかと思います。例えば板書の際に、グラフを全て書く必要はありません。要点だけ抜き出して、簡潔に教えればよいのです。

― 授業の内容についてはどうでしょうか?

  • 易しく教えることを意識するあまり、入試のレベルを意識できていないと感じることがあります。
    僕は可能な限り難しい言葉で板書します。その分野の専門家が好んで使う選り抜きの表現をなるべくそのまま使い、それついて説明したり意味を書いたりします。
    V(D)J組み換えという用語を例に挙げます。利根川進先生の遺伝子再構成研究における遺伝子の多様性に関する入試頻出の用語です。一般的には「V遺伝子断片・D遺伝子断片・J遺伝子断片から一つずつランダムに選んで再構成され、多様性を獲得する」という記述になりますが、僕は「V(D)J組み換えによる遺伝子再構成により、多様性を獲得している」と板書し、演習でもこの表現を繰り返し使用します。反復することで生徒も内容を理解した上で、表現を使いこなすことが出来るようになります。このように一段上の表現を常に使うことで、難関大学の長くて複雑なリード文にも対応できるようになっていきます。

― 指導する際に特に注意したほうが良い分野はありますか?

  • 扱う時期の遅い「進化」と「生態」は手薄になっている印象があります。長期休暇中の講習などでのフォローを検討してみてはいかがでしょうか。
    また細胞分野については、簡単に扱われることが多いですが、高度な内容まで、しっかりと教えるべきだと考えています。細胞分野からもゴルジ体やシグナル配列を題材にした知識・思考の両面で難しい問題は、出題されています。
    多くの生徒が、僕の細胞の授業を聞いて「外国語を聞いているようだった。初めて聞く内容だった」と驚きます。おそらく学校の授業では、かなり易しい内容だけを扱っているのではないかと思います。生徒に生物の知識が、何もない状況でスタートする細胞分野こそ時間をかけて教えるべきです。核についての説明を例に挙げます。
    まず、核の中に核小体があると示します。続けて核小体の話をするためにrRNAについて教えます。するとリボソームのサブユニットの話と関連して、RNAワールドの話につながります。
    教科書通りに進めると、これらはセントラルドグマの部分で扱う内容ですが、セントラルドグマを教えないとRNAの意味が分かりません。そこで僕は、細胞の部分で、セントラルドグマも織り込んで教えてしまいます。セントラルドグマは生物学の基礎となる内容です。どこかで必ず教える必要がありますし、基礎だからこそ、最初に教えても生徒にとって大きな負担になることはありません。
    僕は、「この分野はここまでマスターすれば、怖いものはない」というレベルをそれぞれの分野で目指します。「入試に出題される範囲内で、どのような角度から出題されるのか」を意識して、本当に易しい所から始めて、難しいところまで教えます。

― 最後に全国の先生へのメッセージをお願いいたします。

  • 最近、先生方から入試問題の中に解くことが出来ない問題があるという相談をよく受けます。詳しくお伺いすると、「入試生物に最新の生物学がどんどん反映され、追いつけない」、「普段はワークのような問題ばかり解いていて、本当に難しい問題は解けなくなってしまった」などの悩みがあるようです。
    ここで出てくる最新の難しい問題とは、初見のトッピクスを題材に、バイオテクノロジーを駆使して、遺伝子生物学的な考察をさせる形式のものです。ベテランの先生は、実際のバイオテクノロジーに大学などで触れる機会がありませんでした。また近年、様々な分野と遺伝子生物学が関連してしまったことも背景にあります。対応するためには、実際の大学入試問題に触れて、研究する必要があります。
    ご提案としては、作問をしてみることはいかがでしょうか。高校での研修の際に、テスト問題を拝見する機会があるのですが、多くのテストが入試問題の切り貼りやトリミングで作られています。
    作問すると問題・素材を探すことがいかに大変かが分かります。過去の問題をよく研究する必要がありますから自ずと勉強にもなります。企業や研究機関のWebページ、公開されているジャーナルからデータを見つけて、それを題材に問題を作ってみるのもおすすめです。
    また問題は、ポイントを意識して作らなくてはなりません。「リード文の読解力を評価する」、「複数の図表から考察させる」、「自分でグラフを作り傾向をつかませる」、「数的な処理をさせる」、「消去法を駆使させる」、「仮説評価のための実験をデザインさせる」、「重要な生物学概念の理解を試す」、「リアルな図を異なる角度から見せる」。こうした観点から数点選んで、それぞれの問題に盛り込んで意味を持たせ、新傾向の実験考察問題を作ることは、入試問題に対する良い研究になります。お忙しいとは思いますが、少しずつでも試して頂ければと思います。

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聞き手:福田