倫理・政治・経済講師 畠山 創
― 畠山先生は、代ゼミに入られてすぐの2002年頃から授業にICTを導入されています。スムーズに始められたのでしょうか?
- 教務の方にやってみたいと相談したら、試験的に許可をもらえました。当初は、全てのデータを事前に提出して代ゼミのUSBとPCを使うことが条件だったのですが、大きな問題を起こさず続けていく内に信頼してもらえました。7年目くらいから自分のデバイスを持ち込んでいます。僕はサテライン授業も担当していて、対面以外の生徒にどう見えるかという配慮も必要なのですが、収録業者さんが複数のカメラを駆使して、画面を分割したり手元をアップにしたりするなど、見栄えの良い映像を作ってくれています。そういう意味では、代ゼミだからこそのスタッフ・職員と講師の協力関係が、僕の20年間のICT授業を支えてくれたのだと思います。はじめは、他の先生がICTを使われることは少なかったんですが、ここ5年は使う先生も増えてきたし、先生同士で教え合う様子も見られます。
― 先生は、現在どのような授業をされているのでしょうか?
- 僕はICTを使った授業を行いますが、全てをICTで済ませることはしません。生徒には穴埋め式の教材を配って、プロジェクターに僕が書き込んだ教材を映しながら、時折別に準備したスライドも見せていきます。そして、本当に大切な所は板書をします。代ゼミの90分授業の内、チョークで板書するのは10分くらいです。基本的に生徒は前の画面を見つつ、プリントを埋めていき、授業が終わると生徒の手元には完成したプリントが残ります。教室内でデジタル化しているのは僕だけで、生徒の受講スタイルは従来から大きくは変わっていません。教室内でデジタルとアナログが混在している、アナログベースのデジタル化の状態です。
― 生徒たちの反応はどうでしょうか?
- 生徒からは好評ですよ。板書=重要と一目で分かりますし、プリントがあるから膨大なノート取りをする必要もありません。やはり10代の子供たちですから、堅苦しいプリントよりも写真が入ったカラフルなスライドを見ている時の方が楽しそうにしています。行政のホームページのデータなど著作権フリーの素材はいくらでも見つかります。僕自身、色々な講演会に参加しているのですが、動かないスライドが続く講演は本当につらいと感じます。他にも、グラフや文字に影を付けて立体的に見えるように工夫しています。
― 新指導要領においては、多様性や協働性といった能力が重視されます。何か対策をされているのでしょうか?
- 生徒数が少なく十分に生徒との信頼関係を構築できた教室であれば、生徒にも積極的に授業に参加してもらっています。各自のスマートフォンで調べ物と簡単な発表をしてもらいます。実は、海外の教育におけるICTの活用としては、もっぱら調べ学習で使われるケースが多いのです。この時、どこからデータを拾ってきたのか引用元についても尋ねるようにしています。大学で論文を書くときは、電子ジャーナルをWEB上で閲覧して引用リストを作ります。社会で重視される情報リテラシーについては、早い段階で伝えるように心掛けています。
― ICTを使うことで便利になったと感じるところはありますか?
- 演習授業は本当によくなって、生徒の満足度が高くなりました。従来は、プリントを配って「プリントのここを見て」、「次は問の〇番」と指示を出すしかなく、生徒はどうしても下を向いてしまいました。今は問題を画面に映せますから、図やグラフまで映して、僕が解く様子を生徒に直接示すことができます。特に共通テストの問題は、資料読解が多いですから口頭で解説するスタイルには限界があると感じています。
― 学校では、タブレットを生徒に1台ずつ配り、それを活用した授業が盛んに行われていますが、そのことについてはどうお考えでしょうか?
- 配られた端末をどう使うかが重要です。たとえば学校の授業でiPadに教材データを入れて、ノートを取るかわりにタッチペンで書き込むスタイルは、色々な意味で生徒の負担が大きいと思います。iPadの画面サイズは9~10インチ程度でA4プリントよりも小さいんです。また、そこに書き込むには専用のペンが必要になります。iPadはタブレットの中では高額な部類だし、アップルペンシルは別途購入しなくてはなりません。安価なタッチペンもあるにはありますが、実際に使っている生徒の様子を見るとうまく書けずに苦労しています。タブレットに教材を保存するペーパーレス授業を追求するだけでは、ノートや教科書がタブレットに置き換わることにしかなりません。タブレットを利用するのであれば、タブレットでしか出来ないことを目指す必要があります。
― タブレットでしか出来ない授業とは、どのようなものなのでしょうか?
- 生徒が一人一台端末を持っているのであれば、先生と生徒、生徒と生徒の間で情報だけでなく考えや意見をも瞬時に共有できます。タブレット利用のもっとも大きなメリットは、紙と鉛筆とは比べ物にならないほど、時間を短縮して、授業の中で「共有」を体験できる点です。 例えば教育用のWEBサービスを利用すると、生徒の意見を一斉に表示することができます。また、生徒の意見に加筆する形で解説を行うことも可能でしょう。自分の意見が授業に反映されるとなると、生徒はタブレットを持っていても前を向いてくれます。文科省が理想としているのは、こうした端末を通じて生徒たちが学び合う環境だと思います。 ただ、こうした授業を行うには、当然ながら先生方もタブレットを使いこなす必要があります。そして、実際には、定着・習熟度合いには学校・先生により大きな差があります。こうした状態で理想的な学び合いができる生徒は多くないでしょう。結局、多くの生徒が授業中に下を向いて、タブレットで遊んでしまいます。
― タブレットの配布が早すぎたということでしょうか?
- 本来、生徒が個人で端末を所持するというのは、21年時点で検討されているICTを活用した教育においては、最終段階で達成されれば良い目標でした。ところが、通信環境や投影設備が整っておらず、先生方のICT活用ノウハウも十分でない学校にもタブレットが配られています。 「一人一台」というフレーズはキャッチーですし、タブレットが届くのは、保護者の目にも見える分かりやすい成果です。しかし、拙速なタブレットの配布は、コロナ禍を口実にした、教育分野における政治的パフォーマンスとも受け取られかねません。 教育は国家百年の大計とも言います。堅実にことを進めるのであれば、ハード面では、「全教室にネット環境・スクリーン完備」を目指し、ソフト面では全ての先生が、「先生自身が授業中にICTを使いこなせるレベル」に到達できるように、研修などでサポートできる体制を整えるべきだと思います。
― 20年後半から21年にかけて、ICTを利用したことによるトラブルの報告も増えています。
- 繰り返しになりますが、タブレットは適切に使う必要があります。長時間使用することによる健康被害に気を付けなくてはいけないし、端末がいじめに使われた例も既に確認されています。 特に、BYOD(Bring your own device・自身のデバイスを持ち込む)でなく学校から端末を配布している場合は、あくまでも学校における教材なのですから、使用方法については、必要なアプリやデータにしかアクセスできないようにするなど、学校側が厳格にコントロールする必要があります。理想は、生徒の見ている画面を先生がミラーリングで確認できる状態です。 教育用のWEBサービス・ソフトウェアもまだまだ発展途上です。現在、学校でそうしたサービスを契約されている先生方は、是非、提供しているメーカーに必要な機能に関する要望をどんどん伝えていただければと思います。 また、学校に限らず、急速なICT化は、子供たちの日本語力にも悪影響を与えています。LINEのトーク画面をご覧になったことがあるでしょう。必要な情報だけが端的に短時間で示されます。ツイッターでは、重要な情報が140字に圧縮される。こうしたコミュニケーション以外を知らない子供たちは、もはや複雑な思考に耐えられないのではないかと危惧しています。こうした技術は我々大人が生み出したものです。 いま学校教育においても急速にデジタル化が進行していますが、子供たちに何かを提供する前に、それが悪影響をもたらす可能性を真剣に検討する必要があります。予測される危険性を無視して突き進むのであれば、それは教育にとって逆効果であると言えるでしょう。
― ICTを推進している学校の中には、PCの活用を重視している例もあります。タブレットとPCではどちらが良いのでしょうか?
- 確かに、今の生徒はタブレットやスマートフォンの操作に慣れている一方で、PCの操作には慣れていません。スマホが高機能化していて20代の方でも、PCを持たない人もいます。10代や20代のキーボード入力やオフィスソフトに関するスキルが低いことについては、社会でも問題視されています。 ただ、学校教育において全面的にPCを重視する必要もないと思います。すべての授業で生徒がキーボードを叩き続けるのであれば、一日中、情報の授業をテーマを変えながら行っているようなものです。 また、タイピングやキーボード入力は、情報記録の文化としてはとても浅い歴史しか持っていません。例えば古文をキーボードで入力するのはとても難しいのです。日本の言語文化はひらがな、カタカナ、漢字、語源、音読み訓読み、縦書き横書き、右読み左読みそれらが複雑に絡まって発展してきました。これらを適切に引き継ぐにはキーボード入力やタッチ操作だけでは不十分です。実際に自分の手で、丁寧に字を書くことから得られる経験は、確実にあります。
― ICT教育は今後どのように変化していくのでしょうか?
- 本来ICTというものは、通信環境(回線)、共有技術やコンテンツ(ソフトウェア)、共有方法(端末)の3つの要素で成り立っています。海外の教育においては、ICTにおける通信環境の普及を重視しているのですが、日本では、端末を重視しすぎています。 タブレットが世に登場してまだ10年ほどしか経っていません。情報通信技術は日進月歩です。既にスマートフォンの次に普及すると予測されている、アイウェアタイプのウェアラブルデバイスの開発が進んでいます。 現在、日本の教育ではICTという概念の一部であるタブレットばかりに注目し、その利用方法を研鑽することを推し進めていますが、2030年代には、また別のデバイスが普及している可能性もあります。そうしたデバイスに、PCやスマホ・タブレットには無い新機能が追加されているのであれば、2030年代の学校におけるICTの活用においては、また別の手法が求められるでしょう。 ICTそのものは、あくまでも目的でなく手段です。重要なことは「教育における目的」や「実現したい授業の形」をはっきりと意識した上で、それを達成するために、ICTツールを適切に使っていくこと、そして、そのための方法を常に模索し続けることです。
― 最後に全国の先生方へのメッセージをお願いいたします。
- 一足飛びに状況が進みすぎたことで、全国の先生方が試行錯誤されていることと思います。個人的には、タブレット最大のメリットは思考を短時間で共有できることと考えていますから、生徒が一人一台タブレットを持っているのであれば、やはり学び合いや教え合いを目指してほしいです。 今は変革期ですから、うまくいかなかったケースについては、悪い慣習をそのまま定着させてしまうのではなく、きちんと原因を検討し改善していくべきです。最終目標を意識して、そこと現状のギャップを埋める姿勢が必要になります。 ただ、これは個人の先生だけで取り組むべき課題ではないと思います。現場から出てきた声を汲み取って、教育委員会、校長先生などとも協力しながら、解決に向けて動いていただく必要があるレベルの問題です。そうした中で、渋谷区モデルのように成功しているケースや、外部講師のノウハウなどを研究会やセミナーなどを通して積極的に共有していくべきでしょう。 こうした状況下で代ゼミができることとしては、やはり先生方に知見を提供し続けることです。僕自身も、ひとまず今後の3~4年間を見据えて、ワンデイセミナーなどで、20年の経験をもとに成功例や失敗例をお話ししていきます。 行政、学校、民間が個別に動くのではなく、3者が緩やかに連携して知見を共有し、社会全体でICT活用の在り方を考えていきましょう。
聞き手:福田
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