国語講師 藤井 健志
― 本日は2022年入試現代文についてお伺いできればと思います。全体として目に見える変化はあったのでしょうか。
- 旧帝国大学を中心とした難関大学の問題には、大きな変化は見られませんでした。これは、意図的に変化させていないのだと思います。新課程の論理国語などに代表されるように実社会で役立つ国語力を評価すべきという風潮もありますが、難関大学は、これまで通りの出題をしている。これは、従来通り各大学のポリシーに従って選抜を行うという意思表示と見做せるのではないでしょうか。
― では、私立大学についてはどうでしょうか。
- 特に受験者数を増やすことに力を入れている大学ほど、共通テストの出題形式を意識し、共通テストの準備をしている受験生が積極的に受験できる入試を目指している印象を受けます。共通テストにおいては、複数のテキストや資料を読み比べて考える問題が出題されますが、こうしたテキスト・資料の複数化は私立大学入試でも見られるようになりました。共通テスト向けの対策が通用する入試づくりを意図した動きではないでしょうか。
― ここからは難関大学について更に深くお伺いできればと思います。2022年に出題された素材文に特筆すべき点はあったのでしょうか。
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興味深い点としては、北海道大学と九州大学がともに伊藤亜紗「手の倫理(講談社選書メチエ)」から出題しています。両大学は別々の箇所から出題していますが、触覚をテーマにした問である点は共通しています。やはり教養のある大学の先生方が受験生・入学者に読ませてみたいと考えて選んでいるため、出題が重なってしまうこともあるのでしょう。
また、東京大学に関しては2022年だけでなくここ15年間程、前年の7月頃までの1年間(2022年入試であれば、2020年夏~2021年夏)に公表された最新の文章を題材として出題する傾向があります。京都大学や一橋大学では、僕が生まれるより前に書かれた普遍的なテーマに関する文章もよく出題されていますから、やはり東京大学の出題は特徴的だと思います。
― 藤井先生は「東大現代文」の授業も担当されています。東京大学の問題の特徴について更に詳しく教えていただけますか。
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先ほどもお話しした通り、東京大学ではかなり新しい文章から出題しています。同じように新しい文章から出題する大学は他にいくつもあるのですが、そうした大学の問題は数年経って振り返るとどこか古く感じてしまうのです。ところが東京大学の問題にはそうした所がない。何年経っても立派な教材として活用できます。
また、東京大学では、その時々の国際情勢・社会的課題を反映した題材が出題されています。2022年入試では、ナショナリズムに関する文章が出題されました。海外旅行中の美術館での体験を切り口に「民族・国籍・国民性などといったものは、虚構の相対的なものである」といった主張が展開されていきます。奇しくもロシア-ウクライナ間での紛争にも関わる内容です。2021年入試ではエイズなどを具体例とした感染症に関する文章が出題されており、主旨は「感染症は個人を単位とした近代型の人間観では対処が困難であり、新しい医療の在り方が求められている」というものでした。この出題の背景には間違いなく新型コロナウイルス感染拡大があったと思われます。個人的に最も強く印象に残っているのは、東日本大震災の翌年、自然を人為的に制御することの暴力性に言及した文章からの出題です。
― 東京大学は文章の選び方に特徴があるのですね。2023年に向けてどのような書籍を生徒に読ませれば良いのでしょうか。
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先ほどお話しした通り、東京大学については2021年夏~2022年夏に書かれた文章から出題される可能性が高いのですが、残念ながら現時点(2022年6月上旬)では、これだという文章は見つけられていません。一昔前ですと朝日新聞にコラムが掲載され岩波書店から本を出版されたような先生が、東京大学出版会から新刊を出された時には特に注目していたのですが、最近はそういった傾向は薄れてきたように感じます。ただ、全体としては東京大学OB・OGの先生の文章から出題されるケースが多いとは思います。
大学の先生は自分たちが面白いと感じた文章を使って理解度を確認しようとしますから、東京大学に限らず難関大学全般に向けた対策として読書は有効です。よく「本を読んだ方が良いですか?」と生徒から質問されるのですが、yesかnoかで尋ねられれば答えはyesです。大学では最終的に論文の読み書きをすることになりますから、遅かれ早かれ精読・読解からは逃れられません。ただし、普段本を読まない生徒がいきなり読書をしようと意気込むと敷居が高くなってしまいますし、入試現代文は、1題あたり2000字から5000字程度であり本1冊ほどの分量はありませんから、まずは過去問の本文をしっかり読み込むことから始めて、読み込んだ文章の中に気に入ったものがあれば、その文章全体を書籍で読ませることをおすすめします。生徒には、「ハードカバーは少々高価だが、新書や文庫であれば購入して、外出時に携帯してみてはどうか」とアドバイスしています。
― 東京大学を始めとした難関大学の入試問題では、良質な文章を題材に時代を超えた普遍的なテーマについてしっかりと考え抜く必要があるのですね。生徒がこうした入試問題に対応できるようにするためには、どのような指導が必要なのでしょうか。
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まずは、しっかりと大学のホームページを見るように指導してください。最近はどこの大学もアドミッションポリシーに力を入れており、選抜の理念などを調べることができます。また、一部の大学は出題意図を公開しています。出題意図と問題文を読み比べることで、「なるほど」と思えるはずです。
「現代文の学習方法がわからない」、「現代文という科目をどう考えればいいかわからない」という受験生は難関大学志願者の中にも一定数います。そうした生徒には「僕の言葉よりも君たちが入りたい大学の先生の言葉が一番信用できるから、まずは志望校のアドミッションポリシーをきちんと読み込みなさい」とアドバイスしています。
一つ印象的なエピソードを紹介しますと、ある東京大学志望の生徒は、記述解答を作る際に文章中の言葉をなるべく使って書くことにこだわっていました。勿論、記述解答に関する一律の基準が存在し全国の大学がそれを共有しているという事実はないのですが、その生徒は「高校生の時に塾でそう指導された」と言って譲りません。そこで、東京大学のアドミッションポリシーを調べさせて、その中の「主体的な国語運用能力を評価する」という部分を示した上で、「自分でしっかり考えずに文章中の言葉を切り貼りすることが本当に主体的なのか」と諭したところ納得してくれました。
― ホームページで公開されている情報を調べることが第一歩になるのですね。実際に生徒達は調べているのでしょうか。
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今の受験生はみんなスマートフォンを持っていていつでもネットにアクセスできます。簡単に調べられることなのですから、是非調べてみてほしいのですが、実際に生徒に「高校時代にアドミッションポリシーを調べたか?」と尋ねると調べたことのある生徒はほとんどいません。「調べたことがある」と答えた生徒に共通する特徴は、進学校出身であることです。やはり周囲に情報通の生徒がいるので、周囲に合わせて調べる機会に恵まれたのでしょう。勿論、アドミッションポリシーを調べるだけで合格できるわけではありませんが、こうした細かな積み重ねが合否を分ける数点の差につながる可能性は否定できません。
学校現場であれば、進路希望調査票を提出させる際に志望校が公開している情報を集めさせることも有効だと考えます。
― 最後に全国の先生方へアドバイスをお願いいたします。
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生徒には各教科の内容だけでなく、勉強の方法そのものについてもしっかりと指導してあげてください。受験のコツは1日でも早く始めることとコツコツと継続することです。
僕は、生徒に何か教材を示す時には必ず使い方やペースも合わせて指示するようにしているのですが、中にはそうした指示を無視して気が向いた時に一息に片づけてしまう生徒もいます。そして、やり遂げたことに達成感を感じてしまうのですが、往々にして本質は定着していません。また、内容についても最初は非常に丁寧に書かれているのですが、段々と力尽きていったのか終わりに近づくほど雑なものになっていることが多いです。
これは、課題や宿題の習慣が定着していることの弊害かもしれませんが、最近の生徒は勉強の効果ではなく、「勉強した」という行為そのものや勉強の量に価値を見いだしてしまう傾向があると感じます。
読解力養成は筋力トレーニングと似ています。10日間怠けてしまったからといって、11日目に11日分をこなしてもかえって逆効果になってしまうのです。トレーニングには正しいペースと正しい方法があります。生徒にはよく「筋力トレーニングは、一度壊して直すことを繰り返して長期間で効果が表れる。短期間に無理をしても壊れてしまうだけだ」と言い聞かせています。トレーニングを例に話すと運動部出身の生徒達は納得してくれますね。
聞き手:福田
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