日本史講師 犬丸征一郎
犬丸先生には、2023年夏期ワンデイセミナーのモバサテ専用講座「歴史総合」をご担当いただきました。本日は、収録を終えて本講座を振り返ってのインタビューを行わせていただきます。
各講の内容を簡単に整理すると、1講目は「歴史総合とはどのような科目なのか」、その背景にある理想とそれ故に抱えてしまった問題点について語られています。2講目では、より実践的な側面を重視して、「では中学の歴史学習と探究教科をつなぐ新しい教科である歴史総合をどのように、どういったレベルに合わせて指導するべきなのか」を解説していただきました。最終講は、それまでの内容を踏まえた各出版社の教科書の分析が中心となっています。
― まず、全3講の収録を終えたご感想をお伺いできればと思います。
- 歴史総合は新しい科目であり、着地点のイメージとなる入試問題が一切ありません。教科書と大学入試センターが公開しているわずかなサンプル問題・試作問題以外には指針とできるものがないのです。考えられる指導方針も、「教科書に掲載されている範囲について教科書に沿って教える」というものになります。こうした状況の中で90分×3講、計270分の講座を準備するというのは、正直な所、材料が不足していて苦しい面もありました。逆に現時点で表に出ている情報をもとに考えられることについては、全て講座の中に盛り込めたと考えています。
― 2023年8月時点では、科目の全体像を把握するための材料が教科書しかないのですね。今回の講座では、かなり各教科書の比較について時間を割かれていた印象を受けました。
- 注目度の高い新科目ということもあって、歴史総合に関しては多くの教科書が出版されています。そして、各教科書会社の考え方や持ち味を反映した結果、歴史総合の教科書については非常に多様なラインナップが出揃っていると言ってよいでしょう。
― 特に先生の印象に残った教科書を挙げていただけますか。
- 講座の中でも取りあげましたが、帝国書院『明解 歴史総合(歴総706)』はバランスがよいと思います。少し情報量が物足りない部分はあるのですが、歴史総合の考え方に沿って近現代史が簡単にまとめられています。代々木ゼミナールで現在、収録している歴史総合の講座では、この帝国書院『明解 歴史総合(歴総706)』を土台にして授業を展開しています。
― 各学校のレベルや生徒の層に合わせて採用される教科書に違いはあるのでしょうか。
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私の印象になるのですが、所謂進学校の中では、山川出版社『歴史総合 近代から現代へ(歴総707)』を使っている学校が多いと感じます。この教科書は探究科目との接続や受験対策を強く意識して編集されており、探究の教科書と比べても遜色のない詳細さで記述されているため、歴史総合の単位の中で探究の一部を終わらせてしまうという形の使い方が想定されます。ただし、ここまで詳しい内容を2単位1年間の課程で終えるのはかなり厳しいのではないかと感じますし、非受験学年で開講されるはずの歴史総合の講義内容を、受験学年と同じ意識で受講するとは思えないため、「終わらせる」ことはできますが、果たしてそれでいいか疑問があります。他に進学校で採用されることが多いのは、同じく山川出版社『現代の歴史総合 みる・読みとく・考える(歴総708)』と実教出版『詳述歴史総合(歴総703)』でしょうか。山川出版社『歴史総合 近代から現代へ(歴総707)』が探究の単位数減を意識するあまり、日本史と世界史をそれぞれに書いている印象があるのに対し、これらの二冊は歴史総合という新しい科目の意図をほどよく具体化し、詳細な記述と共存させていてバランスがよいと思います。先ほど取りあげた、帝国書院『明解 歴史総合(歴総706)』は、内容はいいのですが詳しさよりも平易さを意識しているようなので、所謂中堅校で多く採用されていると感じます。
ちなみに後日談ですが、講義でご紹介した東京書籍『詳解 歴史総合(歴総702)』は、大学の学部生のテキストに使われているという話を聞きました。あの書き方だと、受験の時というよりは大学で読んだ方が、となるのも理解できます。
― 歴史総合科目と歴史探究科目を履修すると、近世史の一部と近代史以降は両科目で重複して学習することになるのですね。こうした重複は現場の負担にはならないのでしょうか。
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そうですね。実際、2023年の後半にならないと探究の授業が近現代に至らないと予想されるため、学校の先生方が重複した部分についてどのように扱われるのか、見当がつきません。また、重複だけでなく単位数にも課題があります。従来はA科目2単位とB科目4単位の計6単位で通史を指導することができたのですが、新指導要領ではA科目のかわりに歴史総合が設定され、B科目のかわりに歴史探究が設定されています。歴史総合はA科目と同じく2単位で指導を行いますが、探究については、B科目より1単位少ない3単位で指導を行わなくてはなりません。内容についても、日本史探究選択者が総合で世界史を一部学ぶ必要があり、世界史探究選択者も部分的に日本史を学ぶ必要がありますから、従来よりも少ない単位数で従来の1.3倍程度の内容・範囲を指導しなくてはならないことになります。
こうした状況に対応するために、先ほど紹介した山川出版社『歴史総合 近代から現代へ(歴総707)』のように総合科目の中で探究科目の内容を部分的に消化できる教科書が作成されたのだと思いますが、私はそれを、「学習指導要領で望まれた歴史指導の在り方として望ましくない」と考えています。理想論ですが。ごく個人的には、今回の要領改訂の話が当初出てきたとき、当初は歴史総合で扱った範囲は、歴史探究には登場しない、と思っていました。そうであるならば、探究科目の単位減も理解できたからです。要は、近現代史を総合で日本史と世界史の垣根なく学ぶ、これは全ての人必修ですよね。それに加えて、前近代史は探究科目で選択として学ぶ。そう思っていました。当然、内容の深さ、細かさも歴史総合のレベルに合わせて探究の教科書が作られるのではないかと。講義でも言いましたが、私は歴史総合の登場を肯定的に受け止めていますし、単位減もこれなら納得できるかなと考えていました。
― 歴史総合の教科書の作成自体も手探りの部分があるかと思います。現在の教科書に何か改善した方が良い点はあるのでしょうか。
- やはり探究活動の部分が課題ではないかと思います。教科書中に「…どうなるでしょうか」、「…考えてみましょう」といったような問いかけが、積極的に盛り込まれています。ただ、これらの多くは教科書ごとに別途作成された指導者用の教授資料を使いながら、指導者が生徒に答えを示す方法が想定されているため、指導者がその頁を使って学びを掘り下げない限り、せっかく配置された様々な問いが効果を発揮できないことになります。中には興味深い観点からの問いもあり、論述の対策などにも転用することができそうなのですが、仮に生徒が興味をもって調べたり考えたりしても「答え」を確認することができません。問いの設定自体は暗記中心の従来の「社会科」学習からの脱却の方向性を示しており、評価すべきことなのです。しかし、教科書が生徒一人で学習を完結させるための道具として徹底されていない状態であることは問題だと思います。そもそも明確な「答え」がなく見解が分かれてもよい問いが用意されていることもありますし、それらを活かすことが脱暗記に繋がります。それから、資史料の問題もあります。世界史の史料は日本語かつ現代語に訳して載せないと読めないものが多いためそうなっていますが、日本史の史料が文語のままだったりしています。これは前近代を扱う探究科目の問題でもあるのですが、日本史選択の人には日本史の理解でなく古典の知識が問われることになり、大変な不平等です。日本史と世界史を区別しないならば、教科書の書き方や入試問題の作成方針など、最低限のルールは共通化すべきです。
― 歴史総合は世界の一体化の端緒である大航海時代を皮切りに近代以降に焦点を当てています。古代や中世を飛ばしていきなり17世紀・18世紀から歴史を教えるというのは、難しくはないのでしょうか。
- 歴史は連続性が重要なのでやりにくい部分もありますが、旧課程の日本史Aの指導も近代から始まっていました。また、受講者の中にも「アヘン戦争」や「ペリー来航」など中学で学んだ歴史の知識が基礎として存在しています。「いまの世界」を理解し説明することを目的とし、必修化された歴史総合ですが、非受験学年の科目であるという現実もあります。そういった意味では、現場の先生方も歴史の途中から指導を行うことにはそれほど抵抗感はないのではないでしょうか。
― 歴史総合は必修科目として設定され、共通テストでも出題が決定していますが、各大学の個別試験における日本史や世界史の出題には何か影響があるのでしょうか。
- 講座でも少し触れましたが、大阪大学や慶應義塾大学は個別試験でも歴史総合を出題範囲として設定しています。東京大学は2023年8月時点では、歴史総合を出題範囲には含めない方針のようです。大阪大学には歴史総合の誕生に尽力した先生たちが所属されていましたから、この出題範囲に関する設定は納得できるものですし、今後数年をかけて、他大学でも総合前提の出題になると思います。2025年度共通テストでは移行措置があるようですが、私立大学は切り替えてくるでしょう。日本史や世界史といった分類が少しずつなくなっていくかもしれません。また、センター試験や共通テストは先ほど言った史料の現代語訳の問題が解消されていた時期もあったようなのですが、最近はまた不平等な表記に戻っています。出題側に問題意識が共有されているのかどうか、やや疑問です。その点がどうなっていくのか、注目しています。
― 歴史総合そのもののお話しから少し離れるのですが、最終講の中で「生徒・学生向けの書籍の中に、アルバイトのライターが書いたような悪質な内容のものが増えてきている」というお話がありました。信頼がおける書籍をどのように見極めればよいのでしょうか。
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昨今の新書人気の波に乗って、自称ジャーナリストやライターが自分の意見や主張を並べ立てただけだったり、インターネットで調べたものを切り貼りしただけの質が良くない本が世に出てきてしまっています。これらは、学問的な検証がすっ飛ばされていたり、そもそも専門家ではない人が書いていたりするものです。特に、大学案内や学部・学科の紹介本で粗悪なライターが書いた本を信用すると、人生設計に影響が出ることも危惧されます。インターネットでも公式サイトの情報かただの個人の書き込みか、が問題となるように、書籍も出版されて本屋に並んでいるからといって安易に信頼してよい時代ではなくなりました。
このような状況下で読むべき書籍を見分けることは難しいのですが、まずは著者の経歴をよく確認することです。「大学・大学院の専門的なプログラムのもとで勉強した人かどうか。そして、常勤であれ非常勤であれ、大学で講義を担当しているかどうか」という点は一つの基準になると思います。もちろん、大学で教えていなくても高校の先生などを続けながら論文を発表し続ける在野の研究者の方もいらっしゃいます。ジャーナリストやライターの方の仕事で、とても素晴らしいものを幾つも知っています。アカデミズムに属することだけが優秀な研究者ということではありませんし、私が否定的な「大学のランク」なるものと、そこに在籍する研究者の能力は必ずしも比例しないのですが、それを高校生に分かってもらうのは難しいので、仕方なく、そういう言い方にならざるを得ないかなと思います。
― 過去の講座では、岩波ジュニア新書『砂糖の世界史(川北稔)』、岩波ジュニア新書『生きづらい明治社会(松沢裕作)』などの本を紹介していただきました。他にもお薦めの書籍を挙げていただけないでしょうか。
- 高校生にはかなり難しいかもしれませんが、岩波新書から『シリーズ歴史総合を学ぶ』が刊行されています。歴史総合の指導法に関する本では、歴史学研究会が東京大学出版会から出版した『「歴史総合」をつむぐ』と、公民科の教科書で有名な清水書院から出版された『歴史教育「再」入門』の二冊を挙げたいと思います。『歴史教育「再」入門』では、大学の教員や学校の先生など多様な背景を持つ人たちにインタビューを行っており、複合的な観点から紙面が構成されています。後半では、「歴史総合を地理総合や公共、果ては国語・英語・数学・理科といった他教科とどうつなげるか」といった斬新で挑戦的な内容が扱われています。それから、歴史総合の教科書では経済史や社会史の重視という観点から、庶民の暮らしに関する記述や資史料も増えました。また2023年度の共通テスト倫理の問題では所謂「親ガチャ」の問題が出てきています。これらは、歴史的にはずっと存在した問題だったのですが、政治史や外交史の研究がメインになるなか、看過されてきたものです。やっと光が当たってきた背景には、現代日本の社会問題があるように感じます。教育現場でもそういうあらゆる意味での格差に直面するというお話を聞くことも多いので、岩波新書『日本の教育格差(橘木俊詔)』はまず一冊目としてよろしいのではないかと思います。衝撃的なので高校生が読むかは別にして、東洋経済新報社『東京貧困女子。(中村淳彦)』はご一読いただきたい書籍です。東京や都市への進学希望者は増える一方ですし、大学生の貧困問題、特に女性の貧困問題は、彼らの未来、すぐそこに来ている問題です。もはや教育現場で避けられるものではないでしょう。
― 挙げていただいたものは先生方向けの書籍になるかと思います。生徒に向けた書籍についてはいかがでしょうか。
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新書でいいと思います。先程触れた岩波ジュニア新書の二冊は、是非読んでいただきたいですね。岩波ジュニア新書では、『フランス革命(遅塚忠躬)』や『メソポタミア文明入門(中田一郎)』のような一つのテーマを掘り下げるものに加え、『情熱でたどるスペイン史(池上俊一)』などの各国史シリーズもよいですよ。日本史ですと、『聖徳太子(東野浩之)』はいかに歴史研究が大変かがわかります。また『津田梅子(高橋裕子)』などの人物に焦点を当てたものがありますから、自分が興味を持った視点から入ってくれたらそれでいいと思いますね。一方のちくまプリマー新書は、最近になって意欲的なラインナップが増えた気がします。ちょっと偏りを感じる人もいるかも知れませんが、『「日本」ってどんな国?(本田由紀)』などは刺激的でしょう。最近は、格差問題や貧困問題に興味を持つ学生・生徒も増えていますので、ちくま新書『教育格差(松岡亮二)』や岩波新書『ルポ貧困女子(飯島裕子)』などは読めるようになってほしいですね。
また、これは寧ろ先生方向けかも知れませんが、ちくま学芸文庫『世界システム論講義(川北稔)』は、大学において人文科学や社会科学を学ぼうとする学生さんには挑戦していただきたい、大学の学問とはどんなものか、に触れられる本です。歴史総合の基底となる歴史学的なものの見方が説明されています。
ただし、高校生に歴史的な書籍を勧める場合は、受験のことも念頭に置く必要があります。新書の中には教科書と異なる記述が当然にあり、そうした本を読むと生徒の知識や理解と教科書の内容にズレが生じてしまうのです。教科書は一定程度の期間に異論が少なく、「定説化した」とみなせる内容で構成されています。一方で、書籍については学会の現状や最先端の議論を含めますから、教科書の内容を超えるわけです。こうした事例から、高校生に歴史学の新書などは読ませない方がよいという意見もあるようです。
山川出版社からは様々なテーマを扱った「日本史リブレット」と「世界史リブレット」というシリーズが出版されていて、「その中から興味のあるものを読むように」と生徒に勧めたことはありますが、これについても受験に出てくる学説と見解が異なる内容が含まれていることがあり、受験への悪影響を完全に否定することはできません。入試問題の元ネタになることもあるので、読んだ方がいいという意見もありますが、やはりその学生・生徒のレベルに合わせて薦めるかどうかを個別に判断するべきでしょう。
難しいようであれば、「格差社会に興味があるならばそれについての本を読んでみる」、「昨今の世界情勢に興味があるのであれば、トランプ政権の評価に関する本を読んでみる」といったように受験の内容と少し離れた本を勧めてあげた方が、受験への悪影響を気にせず生徒の読書量を増やせると思います。古典的名作や文豪の小説を読むべしとも思うのですが、最近の世代の方にはそれは難しいとも感じます。共通テストが国語力を重視して作成されていることもあり、内容よりも本を読むこと自体が重要だと考えます。
― 本日は、歴史総合やその教科書、関連した書籍についての知見をお話しいただきありがとうございました。最後に歴史総合の指導方針について悩まれている先生方へ助言をお願いいたします。
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収録中に拝見した事前アンケートにも歴史総合の指導方針に関するご質問がありました。考えられる方針は二つです。一つは、指導要領に沿うことを重視して指導を行うことです。この場合、指導要領において重視されている「生きる力」を生徒達に身につけさせることができますが、大学入試で重視される知識の習得や学力・能力の育成については手薄になってしまうことが懸念されます。もう一つは、大学入試対策を重視した指導を行うことです。繰り返しになりますが、歴史総合の入試問題は未だ判然としません。講座の中でも触れていますが、この着地点が定まるまでは、先生方ご自身で決断されたうえで、指導要領を重視するのか大学入試対策を重視するのか、このどちらかに振った指導を行うしかないのではないかと思います。
講義でもお伝えしたように、私は、日本史なのか世界史なのかという発想から脱却し、新科目として歴史総合が始まったという認識のもとで、「総合」させたワールド・ヒストリーを教えていくこと、“いま”を説明するために教えることに決めています。
聞き手:福田
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