情報講師 松尾 康徳
― 2025年度入試における共通テスト「情報Ⅰ」の扱いや配点について各大学が公表しておりますが、その点についてはいかがでしょうか。
- 例えば、2023年12月6日には、東京大学が「2025年度一般選抜における出題教科・科目等についての予告・補遺」を公表しました。東京大学においては、文科・理科ともに「情報Ⅰ」は共通テストの配点合計1000点中の100点として扱われます。共通テストの点数は110点に換算され、第2次学力試験の440点と合わせて最終的な成績が算出されますので、共通テスト「情報Ⅰ」が成績全体に占める割合は110/550×1/10=1/50。つまり成績全体の2%です。
― 工学系や農学系の学部で「情報Ⅰ」を重く扱う大学がある一方で、文系や人文学系の学部では、配点が小さくなるように調整されるケースもあります。また、ニュースにもなりましたが、一部の大学では「『情報Ⅰ』の受験を課すものの、点数化はしない」という判断をしました。こうした状況については、どう思われますか。
- 受験生に対してどういった資質を重視し、選抜の配点をどのように調整するかについては、各大学の経営判断によるものです。この点については私たち外部の人間が口を挟むべきではないでしょう。ただし、ここ数年で新設が相次いでいるデータサイエンス系の学部や学科における選抜に際しては、データサイエンスの素養を評価するべきではないでしょうか。現状では、「情報Ⅰ」の受験を課すことが効果的だと思います。ただし、「情報Ⅰ」はあくまでも普通科高校における共通必履修科目ですので、データサイエンスを専攻したいという受験生を評価するのであれば、更に高度な内容を課してもよいと思います。
― データサイエンス系の学部学科は文系でも入学できる理系寄りの学部という面もあって2010年代後半から人気が出てきたように思います。コロナ禍によりICT分野が脚光を浴び、学校の授業でもICTの活用が推進され受験生自身がメリットを享受したことで、その人気は確固たるものになったのではないでしょうか。
- 私は、「情報科は本当に理系なのか」という点について、以前より疑問に思っています。文学系や人文学系の分野はともかく経済学などの社会科学系の研究では、情報科の知識や技能を必ず用いることになります。私自身、文系学科(政治経済学部経済学科)の出身です。統計学のゼミで卒論のためにコンピュータでデータ分析を行ったのが、私がこの分野に携わるようになったきっかけです。コンピュータやデータ分析手法を知らなかったら、卒論は独りよがりのものになっていたでしょう。データで論拠を示すということは、文系理系に関係なく重要なことであり、情報科は文系、理系のどちらかに位置付けるのではなく両者の中間に位置する分野と考えるべきです。そういった意味では文系と理系どちらの生徒も進学しやすい学部学科として人気が出ており、大学側も積極的に新設を決断できるのではないでしょうか。
― 高知大学や慶應義塾大学では、2023年度時点で個別試験において「情報」が出題されています。松尾先生の見立てでは、個別試験において今後新たに「情報」を出題できる可能性があるのはどういった大学でしょうか。
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やはり、データサイエンス系の学部を既に有するあるいは新設する予定の大学が候補ではないでしょうか。実際の作問については数学科の先生方が担当されることが多いのではないかと思います。
ただし、実際に個別試験で「情報」を課すとなると公平性の観点から、「プログラミングの問題をどの言語で出題するのか」という点について解決しなくてはならないでしょう。また、難易度を適切に調整する必要があります。2023年度時点で個別試験に「情報」を導入する大学が少ないのは、実質的に初めての入試科目化でありどのくらいの内容を出題すればいいか判断できないという背景もあるのではないかと推測します。個別試験で「情報」導入を予定している広島市立大が公開している模擬問題は、記述形式ですが問題のレベル自体は共通テストの試作問題と同等かむしろ易しいぐらいです。生徒がどんな学びをしてきたかが分からないので、レベルについては手探り状態なのでしょう。
大学入試全体における「情報」教科の展望について、広く分析していただきありがとうございます。ここからは、高校での情報科教育についてお伺いします。
― 共通テスト「情報Ⅰ」で用いられるプログラミング言語、新DNCL※がPythonに似ているという分析を見聞きします。どのような類似性があるのでしょうか。
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たしかに共通テストで使われるプログラミング言語の表記方法は、明らかにPythonを意識しています。例えばある条件の下で一定の処理を繰り返す場合、VBAやJavaScriptではその処理が書かれた範囲を「ここから」「ここまで」と明記するのですが、Pythonは明記しない代わりに字下げで処理の範囲を示しています。そして新DNCLはPython同様に字下げで示す方式を採っています。
※大学入試センターの見解ではDNCLはあくまでも「情報関係基礎」で用いられる言語であり、「情報Ⅰ」で用いる言語についての公式表現は「共通テスト用プログラム表記」となっているが、本稿では便宜上、「新DNCL」と表記する。
― Pythonは初学者向けのプログラミング言語として推奨されており、世界的にも高いシェアを獲得していると聞きました。新DNCLとPythonの類似性には、こうした要素も影響しているのでしょうか。また、将来的に他の言語が高いシェアを獲得した場合は、その言語の特性に寄せる形で新DNCLが調整を受ける可能性もあると考えた方が良いのでしょうか。
- 新DNCLがPythonライクになったのは、Pythonが世界的に広く使われているからというわけではないと思います。DNCLはもともと、センター試験時代の2002年から数学の選択科目の一つとして始まった「情報関係基礎」でプログラミング問題を出題する際に使われていた言語です。「情報I」ではそれを少し改訂しており、さらにPython寄りになった新DNCLが採用されます。Pythonがあまり知られていなかった2002年当時にベースとなるDNCLが作られていますので、「試験向きの仮想言語を考案したら、結果的にPythonと似ていた」というのが実際ではないでしょうか。ベース作成時点で当時の言語シェアを考慮していないということは、今後のシェア変動によって共通テストでのプログラム表記方法が大きく影響を受けることも、少なくとも当面はないと思います。
― 先程、VBAやJavaScriptでプログラミングを学ぶ生徒もいると伺いました。新DNCLと類似性のあるPython以外の言語を学習した生徒が共通テストで不利になってしまうということはないのでしょうか。
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「高校のプログラミング授業もPythonでやっていた方が有利なのか?」と聞かれることがありますが、「ほとんどノー」です。入試のプログラミング問題で問われるのは処理の仕方や手順であり、これはどの言語でも共通です。処理の仕方や手順を正しく考える手法を理解するのはもちろん他の言語でも可能なので、学習はPythonでなくてもいいわけです。
ただ、わざわざ「ほとんど」と言い添えたのには理由があります。手法を理解できていれば、言語はどれを学んできても差はありません。しかし「授業ではVBAやJavaScriptで学んだけどちんぷんかんぷんだった。入試に備えて一から学び直さないといけない」という場合は、授業で学んだ言語ではなくPythonで学び直すのもアリだと思います。ちんぷんかんぷんだったということは、プログラミングは大の苦手ということなのでしょう。苦手な受験生にとっては、高度に抽象化された共通テストの表記方法に面食らい、本来気にする必要のない表記の違いまで気にしてしまうかもしれません。ならば表記の違いが一番少ないPythonで学び直すというのは一理あると思います。
― 今後、高校教育においては、教える言語をPythonに一本化し共通テストでもPythonを用いてプログラミングを出題するという選択肢もあるのではないでしょうか。
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叶うのならば、Pythonに統一した方が好ましいと考えます。現時点では「Pythonで教えてPythonで評価する」という段階には至っていませんが、国としては、Pythonに重きを置く方針に舵を切っています。たとえば文科省が出している情報科の先生向けの研修教材では私が知る限りPythonが採用されています。これは文科省から暗に発せられたメッセージではないでしょうか。
更に、実際には多くの学校がPythonを生徒に教えています。例えば山口県の県教委が主催した情報科教員研修会では、プログラミングの研修として用意したのはPythonだけでした。主催した先生に「他の言語を採用している学校の先生はどうしたのですか?」と尋ねたのですが、Python以外も扱ってほしいという声はなく、私から尋ねられるまで思いも寄らなかったそうです。また、山口県は高校生向けに「データサイエンティスト養成講座」というイベントを行っているのですが、そこで使われるのもPython一本です。
高校教育で用いられるプログラミング言語におけるPythonのシェアは5割に上ると言われますが、私の肌感覚ではPythonのシェアは更に高いと感じています。1校だけ中学でHTMLを扱っており、高校ではその延長でJavaScriptを指導している中高一貫校を存じあげておりますが、多くの高校では特別な事情がない限りPythonを指導していると見てよいでしょう。
代ゼミでは、2025年度入試を目指す生徒に対して、概ねPythonでの学習を推奨していますが、他の言語用のコンテンツも作成しています。私も計3言語分の映像講座(Python、VBA、JavaScript)を担当したのですが本当に大変でした。始めにPythonで教材を作って後は書き換えれば良いと楽観視していたのですが、微妙な仕様の違いから調整が必要なケースもありました。Pythonは若干の癖もありますが非常に良い言語です。仮に高校で指導するプログラミング言語をPythonに統一することができれば、受験生にも大学にも良い影響が期待されます。
― 共通テストに向けた対策も踏まえた具体的な「情報Ⅰ」の指導についてお伺いできればと思います。生徒にとって「情報Ⅰ」の中で理解が難しい分野はどこになるのでしょうか。
- それは、やはり「プログラミング」です。「データの分析」については数学に近い要素もあり、指導法を流用できる部分もあると思うのですが、プログラミングについては情報科に特異な分野です。
― プログラミングのどういった点が生徒達は理解しづらいのでしょうか。
- 反復(ループ)に苦手感をもつ生徒が多いですね。反復処理の中で数値が変わっていくことをイメージできない生徒が多く、指導の際には工夫が必要になります。また、反復中にif文や更なる反復が登場するとプログラミングの難易度は急激に高まります。2021年3月に公開された「情報」サンプル問題の中では反復中に反復が含まれる問題が出題されていますので、本番の共通テストでもその水準の問題が出題されることを想定した対策が必要です。
― プログラミングを授業ではどのように指導していくべきでしょうか。
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2023年度の教員研修では自作のパネルを使った指導の例をお見せしましたが、いきなりコードを見せるのではなく、手順や操作を言語化・視覚化したり、実験をしたりしながら説明することが生徒の理解を助けてくれると考えます。
そして、共通テスト「情報Ⅰ」のプログラミング問題については、手順が問題文中にしっかりと書かれており、まさに言語化による生徒の思考を助ける工夫が盛り込まれています。
ある先生によると「数学で数列を得意としている生徒は、プログラミングも得意」とのことです。数値の変化を抽象化することに長けているからでしょうか。数学科での数列の教え方・学び方が、プログラミングの授業の参考になるかもしれません。
― プログラミング的な思考の根幹を成すのはどういった要素なのでしょうか。
- 端的に言ってしまえば、課題を発見し、解決に向けて方針を考えることです。新DNCLでは、そうした考え方を問い、評価することが可能です。例えば、ある整数nが素数かどうかを判定するプログラムを新DNCLで組むことを考えてみましょう。「nを『2からnの平方根の範囲に含まれるすべての整数』で順番に除算し、余りが出るか確認する…」という操作の流れを思いつくことができれば、その段階で新DNCLのコードを作ることができます。そうした方針の先にある、具体的な処理の段階については、Pythonなど実際の言語が対応しています。
― プログラミングについては典型パターンのようなものがあるのでしょうか。
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プログラミングには大きく分けて3つのパターンがあります。順次※、分岐※※、反復※※※です。この3パターンのどれかに落とし込んだ上で最終的には、二分探索※※※※や整列※※※※※(最大値最小値など)が着地点となることが多いです。勿論、問題文中にそうした情報が明記されるわけではありません。読解力を働かせて問題を読み解きながら、どういったアルゴリズムが求められているのか考える必要があるのです。例えば、試作問題では支払いやお釣りに必要な硬貨の枚数を数え上げるプログラミングが出題されました。本問前半の関数作成部分については、“反復”型であり、後半は“反復”型の中に“分岐”も含まれています。
※プログラムの上から下へと順番に命令が実行される。
※※if-else文のように条件によってプログラムの実行フローを変えることができる。
※※※forループやwhileループなど特定のコードブロックを繰り返し実行することができる。
※※※※ソート済みの探索対象から目的のデータを効率的に探すためのアルゴリズム。探索対象の範囲を半分に分けて目的のデータと比較する作業を繰り返して探索を進めることで、目的のデータを見つける。
※※※※※データを特定の順序に並べ替える。
― どの程度学習が進んだ段階で、生徒にゼロからのプログラミングを経験させるべきでしょうか。
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本来プログラミングは動かしてナンボですから、一から始めて完成させるのが目的であるべきです。やはり、自分自身がゼロから取り組んだプログラムが期待通りに動くと生徒達は感動してくれます。感動すれば自然と次のステップに自ら進もうとするでしょう。そういう感動を与えるためにも、ゼロからのプログラミングを経験させることは重要です。特に反復や分岐の数が1~2個程度までの計算が1周で終わるような短いプログラミングであれば、始めからゼロベースで取り組ませてもよいのではないかと思います。長いプログラミングは必然的に複雑なプログラミングです。例としては、二分探索やクイックソート※などがあげられます。こうしたプログラミングについては、短いプログラミングで経験を積み実力のついた生徒に挑戦させてみてはいかがでしょうか。
※データの集合をソートするためのアルゴリズム。対象の範囲に対して基準値を定めて「基準値より小さい値」の集合と「基準値より大きい」値の集合と「基準値そのもの」に分ける作業を繰り返し、データを整列していく。
ただし、プログラミングには複数の方針が考えられるものがあるということは常に念頭に置いていただきたいです。試作問題の「硬貨の数え上げ」についても実は問題中に掲載されたものとは異なるアプローチが可能なのですが、画一的に採点が出来るように問題文や穴埋めにより問題中で採用した方針へと誘導しています。課題や考査でゼロベースのプログラミングを課す場合、先生が想定していたあるアプローチとは異なる正しいプログラムを書いてくる生徒もいるかもしれません。そうした生徒のプログラムを精査せずに、誤りと評価してしまっては生徒のモチベーションを大きく損なうことになります。ゼロからのプログラミングを出題するなら、答案のプログラムを全て精査するつもりでなくてはなりません。
生徒のプログラミングを正しく評価できるように先生方にはしっかりと高度なプログラミングの力を身につけていただきたいと思います。私自身も専門学校の期末テストで毎年ゼロベースでのプログラミング作成を課しています。勿論、チェックや評価は大変ですが、生徒のいろんな考え方や性格が見えてくるので非常におもしろく充実感もあります。
― プログラミングの指導についてその他に注意すべきポイントはあるのでしょうか。
- 純粋なプログラミング以外の部分に配慮が必要なケースがあります。具体的には簡単な英語の知識です。エラーメッセージは原則として英語で表示されるのですが、出講している専門学校の生徒の中には英語が不得手な子もいますので、必要に応じて簡単な解説をするようにしています。エラーメッセージの意図が理解できれば、生徒は自らの力で問題解決に取り組めるようになります。
― 私も基本機能を無料で使えるGoogle Colaboratoryを使って数学の問題を解くためのプログラミングを実際に動かしてみました。コードについてはbardやBing chatを利用して書いたのですが、松尾先生はプログラミングを指導する上で、生成AIを利用することについてどう思われますか?
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ただ、コードを書いてもらうという使い方では生徒の成長につながりません。これは代ゼミ職員の方から聞いた話なのですが、「コードにエラーが出てしまった。どこで考えを間違えたのか指摘してほしい」といったように質問の仕方を工夫すれば、生成AIに自分のコードの誤りを指摘してもらうこともできるようです。生成AIに自分の課題や考えを整理して正しく相談できるようなある程度力のある生徒が、考えの誤りを見つけるためのサポートツールとして使うのであれば、有効ではないかと思います。また、プログラミングからは少し逸れるのですが、生成AIは協働学習の支援に活用できるという意見を先日、学会で聞きました。人間同士で議論を試みると賛成意見ばかりが出てきて議論が停滞してしまうのですが、AIは空気を読まずに反対意見を出してくれるので、そこから議論が改めて活発化するのだそうです。
プログラミング学習に限りませんが、生成AIを自身の知的な成長に役立てようと考えるのであれば、「どう問いかけるか、自分の意図をどう伝えるか」といったAIと正しくコミュニケーションする能力が重要になると思います。今の子供たちはLINEのような短く終わるコミュニケーションに慣れていて、自分の意図を筋道立てて、必要な情報を補足しながら伝えるようなコミュニケーションには習熟していないと思います。一方で、2023年時点では多くの生成AI はしっかりと意図を伝えなくては望んだ情報や成果を返してくれません。そういった意味で子供たちと生成AIの相性はあまりよくないのかもしれませんから、先生方がしっかりと介在して両者をつなぐことが重要なのではないでしょうか。
― 続けて数学知識の指導についてお伺いします。2023年度の教員研修でも「四分位数」や「回帰分析」について取り上げ、情報科での指導や数学科との調整が必要と解説していただきましたが、情報科では数学知識をどのように指導するべきなのでしょうか。
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主に指導が必要なのは数学Ⅰの教科書5章で扱う「データの分析」の部分です。データの分析は数学科と内容の重複が多い領域であり、代ゼミでは2024年の夏期講習会で、数学科と情報科のコラボによる「共通テスト情報Ⅰ〈データの分析〉」を開講する予定※です。
※2023年12月時点の情報になります。最新の講座開講情報につきましては、代々木ゼミナール公式HPをご参照ください。
ただし、情報科にとってデータの分析は、共通テストの試作問題では配点の1/4を占める重要なテーマですが、数学科の中では、共通テストはともかく、二次試験や私大入試まで含めると相対的には重要度の低いテーマのようです。例えばデータの分析の中には、情報科では出題されそうだけど数学科では出題されそうにないテーマもあります。「回帰分析」はその代表例で、数学科では「回帰分析」を含む単元を履修しない生徒が多数と聞いています。また「量的/質的データ」や「欠損値/異常値」などの話についても情報科では必須ですが、数学科ではそもそも教えることがないようです。一括りにデータの分析といっても、実際に扱う範囲については、情報科の方が広くなるのではないでしょうか。数学Ⅰでは、データの分析を高校1年生の3学期に扱うことが多いという点も踏まえると、「情報Ⅰ」の指導において必要な知識については、情報科の主導で生徒に示していく必要があるでしょう。
― データの分析以外のテーマや分野についてはいかがでしょうか。
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データの分析以外で数学科と情報科で内容が重複するテーマには「n進数」があります。数学Aの教科書では、第3章「数学と人間の活動」の章で扱われます。奇しくもこの分野についても高校1年生の3学期に履修することが多いようですから、情報科主導での指導が好ましいでしょう。ただ「n進数」も「回帰分析」などと同様で、情報科では2進法と16進法に限り出題の可能性が高い一方で、数学科での入試などにおける扱いは薄いようです。2025年度の共通テスト「数学Ⅰ・数学A」では、「n進数」を含めて整数分野からの出題が見られなくなると聞いています。
確かに数学科で扱う内容と情報科で扱う内容に重複している部分もあります。言葉・用語の定義を正しく理解することはどちらの教科でも求められます。ですが、計算を自分で行う数学科に対して、情報科では計算は機械に任せて、計算の結果をどう扱いそこから何を読み取るかという部分を重視するという違いもあります。全く同一の教科ではないのですから、他教科のカリキュラムや考え方を尊重しつつも、自教科で必要な内容については自教科で責任をもって生徒に伝えるのが良いのではないでしょうか。
― 情報科においても思考の土台として一定の知識を生徒たちに身につけさせる必要があると思うのですが、どのような知識が重要になるのでしょうか。
- そういった意味では、セキュリティやデジタル変換に関する知識を正しく身につけさせてほしいですね。セキュリティ分野であれば、例えば公開鍵と秘密鍵の関係については、用語を伝えるだけでなく、しっかりと論理を理解させることが重要になります。また、デジタル変換については、標本化⇒量子化⇒符号化の3つのプロセスがそれぞれ何を意味するのかを示すだけでなく、「標本化の周期や量子化の段階を細かくするほど、高品質のデジタルデータを得られるが同時にデータ量が増えてしまうので、CDなどのサンプリング周波数は、人間の可聴範囲も踏まえて44.1kHz(=1秒間に44100回の記録)に留められている」というように、知識と知識を関連付けて論理的に考えられる力を生徒たちに身につけさせてほしいです。
― 2022年11月に公開された共通テスト「情報Ⅰ」の試作問題ではデジタル変換に関する問題は出題されていませんでした。共通テスト「情報Ⅰ」の作問者の方たちはデジタル変換をあまり重要とは考えていないのでしょうか。
- 確かに最新の試作問題には登場しませんでしたが、2021年3月に公開された「情報」サンプル問題の中では出題されています。センター試験や共通テストでは、前年に出題した分野からの出題を避けて、2年前に出題した分野から改めて出題される傾向があるという話も聞きます。2025年度入試の一つ前を2022年11月公開の試作問題、二つ前を2021年3月公開のサンプル問題と見るのであれば、デジタル変換は25年度入試本番で問われる可能性が高いと言えるかもしれません。そういった意味では、試作問題で問われなかったIPアドレスなどのネットワークに関する分野の問題にも注意が必要です。
― 共通テスト「情報Ⅰ」では「情報デザイン」からも問題が出題されます。情報デザインを指導する上でポイントはあるのでしょうか。
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実は情報デザインについては、かなり容易な問題が出題されるのではないかと予想しています。私が所属する学会の研究会で大学入試センターの試験問題審査官の方が講演されたとき、「情報デザインは問題を作るのが難しい」とおっしゃっていました。分かりやすさは主観的な要素を含むので、客観的に一つに答えが決まる問題を作ろうとすると、正答は至極当然なものにならざるを得ないという理由です。
実際、2022年11月の試作問題での情報デザインからの出題も、「鉄道の路線図」の整理基準を選ばせる問題で、その正解は「場所(例:大学のキャンパスマップ)」でした。鉄道の路線図はまさに地図ですから、「~マップ」がそれに相当するのは字面だけで分かってしまいます。
また、情報科の他のテーマと異なり、情報デザインは他教科の成績(≒学力)との相関が薄く、総じて高得点を取る傾向にあることを示す研究報告もあります。つまり、情報デザインは勉強してもしなくても得点が取りやすい分野なのです。
決して情報デザインが重要ではないと言うわけではありません。情報を適切に伝えるためには情報デザインの手法を学ぶことは重要です。ただ、答えを論理的に一つに決めなくてはならない入試に関しては、情報デザインはなじみにくく、それでも出題するとなると正解があまりに明白で容易な問題になりやすい傾向はあると思います。
よって、入試を念頭に置くなら問題演習を多く課すよりも、レポートを作成させてみるのも良いかもしれませんね。例えば「この一週間、街中やネットで見た情報デザインで、何か良いと思ったものを見つけて、これはこんなところがいい、こんな工夫がされている、などの気づきをまとめたレポートを提出せよ」という課題でもいいでしょう。街中には情報デザインを工夫したものがたくさんあり、それに関心を払うだけでも十分理解促進につながると思います。ちなみに代ゼミの「基礎からの情報I 問題演習編」の情報デザインの回では、私がランチに入った飲食店で見つけたある情報デザインをもとに作った問題を扱う予定です。
― 最後に、新年度を迎える先生方へのアドバイスをお願いいたします。
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先生方には是非、2024年度共通テスト「情報関係基礎」に注目していただきたいと思っています。2023年度の共通テスト「情報関係基礎」ではプログラミング問題を中心に「情報Ⅰ」寄りの問題が出題されています。2022年度までの「情報関係基礎」では二次元配列※のプログラミングが出題されていたのですが、2023年度は出題されていません。そして、二次元配列はすべての「情報Ⅰ」の教科書で扱われているわけではないため、共通テスト「情報Ⅰ」では原則として出題されないと予想しています。過去に公開された試作問題やサンプル問題でも二次元配列が扱われたことはありませんでした。2023年度の共通テスト「情報関係基礎」で二次元配列の出題が見られなかったのはこの影響ではないでしょうか。2025年度からの「情報I」導入に向けた調整が既に始まっていると考えます。
ただし、プログラミング問題以外は、2022年度以前の「情報関係基礎」の中にも「情報Ⅰ」の入試対策演習に使えそうなものが多くあります。演習を行う上で問題のストックに不安がある先生がおられましたら、近年のものを中心に、「情報関係基礎」の過去問の利用を検討されてみてはいかがでしょうか。
※行と列の両方でデータをインデックス付けする配列。表形式のデータを扱いやすくスプレッドシートなどの概念をモデル化する際に使用される。
― 共通テスト「情報Ⅰ」には過去問などのストックが乏しいため、演習用の素材の入手は先生方が悩まれる部分かと思います。センター試験・共通テスト「情報関係基礎」以外にも良い題材はないのでしょうか。
- 国家試験である「基本情報技術者試験」や「ITパスポート」の問題はいかがでしょうか。特にITパスポートは、高校教育における「情報I」の新設やプログラミングの必須化を受けてシラバスを改訂し、プログラミングについても出題するようになりました。試験中で使われる言語は少しVBAっぽいのですが、演習題材を探されているのであれば、一度問題をご覧になってみてください。それ以外には、一般財団法人 職業教育・キャリア教育財団が主催している「情報検定」(通称「J検」)にも、使えそうな題材は多くあります。
― 3年生への演習指導は4月から始めたほうがよいのでしょうか。
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多くの学校では、「情報Ⅰ」を1年時に履修していますから、生徒達には丸1年間のブランクがあります。まずは、教科書の復習などから始めるのが良いのではないでしょうか。また、最終的な目標は志望校合格なのですから、その目標達成に最適化する形でリソースを配分するのが効果的です。情報科の講師が言うことではないかもしれませんが、配点比重なども考えると高校3年生中盤までは他の教科の対策に力を入れさせた方がよいと思います。
秋以降は色々とスケジュールがタイトになりますから、夏ごろから演習に取り組ませ始めて、2回目の共通テスト模試までに一巡させることを目標にすれば余裕をもって仕上げられるでしょう。
聞き手:福田
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