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生徒と共に学び合う授業 - 酒井 敏行 講師(現代文)

現代文講師  酒井 敏行

2024年3月にアーカイブス現代文の収録にご協力いただいた国語科講師の酒井敏行先生にお話をお伺いします。講座中では、難関大学の過去問を扱っていただきました。

― 第一問では「人種、人権、歴史、司法、倫理、暴力、過去の克服」、第二問では「文化人類学、自然と文明、日本語の意味論、アイヌの方と本州の人々の対比」などのテーマが本文中に盛り込まれていました。他に難関大受験生を指導する際に押さえておくべきテーマにはどういったものがあるのでしょうか。

    インタビュー風景
  • 特に注視すべきものとして三つの題材があげられます。一つは現代の労働問題に関するテーマです。非正規雇用問題に代表されるように、人々が自分の人生を実現するための自己実現型の労働が少なくなってきている一方で、人生を切り売りするような形での労働も増えてしまっています。社会がマルクスの言う「労働の疎外」のような状況に陥りつつあるなかで、こうした社会課題に関して「労働とは本来、どうあるべきか」、「理想の労働とはどういったものか」などの問いを提示する文章が大学入試で取りあげられる事例が増えているように思います。

    資本主義の発達により、労働者の労働の対価であるはずの生産物は市場を介して労働者の手元から離れてしまう。同時に資本家が労働の監督権を握ることで、労働者は活動や創造における主体性を失い、苛烈な競争主義は彼らが所属する共同体の感覚を喪失させる。結果的に労働は生存のためのものとなり、労働者の労働を通じた自己実現が著しく困難になってしまう。

― 二つ目のテーマについても教えてください。

  • 言語社会学についてもアンテナを張るべきです。昨今のネット社会においては、多くの人々は言葉を、情報を伝える手段としてしか見ようとしませんが、本来、言語とは社会と密接に関わるものです。「言葉が社会とどう結びつくのか」、「言語は社会とどう関わるべきなのか」などのように言語と社会の関係性を問う言語社会学についても近年の頻出テーマと言ってよいでしょう。

― 最後の一つはどういったテーマになるのでしょうか。

  • 生成AIなどテクノロジーに関する分野です。科学技術によって、人間は文明を進歩させ快適な生活空間を作り出すことに成功しました。その一方で、生産の過剰による地球環境の変化や核兵器に代表される各種技術の兵器・軍事への転用などの問題は深刻さを増してきています。こういった科学技術の光と影、テクノロジーの内包する矛盾した両極について考えさせる文章も大学入試では多く取りあげられています。

― いずれも各界で深刻な社会課題として言及されることの多い題材です。これは、こうした問題についてしっかりと学生達に考えてほしいという大学からのメッセージと見るべきでしょうか。

  • その通りだと思います。トップレベルの大学は、意識の高い学生を選抜することを特に重視しています。世界が直面している様々な問題に対して誠実に向き合って考える素養こそが学力を支える背骨となるのです。入試問題として出題する文章の内容を通じて、そうした資質・素養の有無を見分けようとしているのではないでしょうか。

― 先生が担当されてきた生徒達はそうした問題意識をもつことができていましたか。

  • 一年間指導する中で入試問題に対応できるレベルまでの意識付けをしていくことは十分に可能です。2023年度に担当した生徒の中には、非常に意識の高い生徒がいました。
    その生徒は、初講日の授業終了後に「酒井先生は部落差別についてどう思いますか?」と尋ねてきたのです。さらに差別を考える参考文献を紹介してほしいと頼んできました。このことをきっかけに、その生徒とは講師室で暴力や差別、戦争などについて毎週、ディベートのようなやりとりをするようになりました。この生徒は入試問題に対しても単に正解の理解を目指すのではなく、文章の書かれた意図や著者の思想にまで興味をもって考えを深めることができていたと思います。

― 生徒達に高い意識をもたせるためには、どういった形で導いていくことが好ましいのでしょうか。

  • インタビュー風景 書籍や新聞を読むことを習慣にさせることで、社会や政治に対する問題意識を外から与えられなくても自ら発見し、自分で自分を育てる自己開発を経験させることが重要だと思います。「この内容は大切です」、「生涯、忘れない方がよい知識です」と教師から語りかけるだけでは、生徒自身の問題意識を高めながら自発的に考えさせることは困難です。生徒が抱く「なぜ自分がそれを学び、知り、考えるべきなのか」という疑問を解消するためには、学びの対象と生徒自身との接点の存在を認識させることが求められます。書籍・新聞に対する読み込みを通じて、そうした接点を探らせることが効果的です。
     生徒達は現代文を学ぶ中で、まず、入試問題として文章について考え、やがて、正解に至るプロセスを理解できるようになります。ただ、そこで満足させてしまうのではなく、入試問題の文章を通じ、試験の枠を超えて、克服すべき様々な現実の問題や自分自身の問題を考えることが出来るようにさせることが先生方の重要な役割です。このように思考のレベルを徐々に深めて生徒自身の内面へと掘り下げさせることで、思想や価値観を耕し豊かなものにさせる。そのようにして生徒達が身につけた意識こそが受験勉強における最後の原動力(ダイナモ)になりうると僕は考えています。

― 先生の推奨される高校生・受験生の向けの書籍を数冊紹介していただけますか。

  • インタビュー風景 石川九楊『ひらがなの世界―文字が生む美意識』(岩波新書)は、私たちが無意識に遣っているひらがなとはどういうものかを考えることから日本語という言葉の奥深さ、豊かさが学べます。
    藤原辰史『給食の歴史』(岩波新書)は、子どもの味覚に対する権力の行使と、命を未来につなぐ教育という両義性のある給食の歴史を通して、食べることの意味を考えさせます。
    鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』(講談社現代新書)は、入試問題の出典として頻出の著者による哲学的な評論であり、自分と他者との関係や、自分とは何者なのかを考える好著です。
    坂崎乙郎『絵とは何か』(河出書房)は、芸術論の入門書として最適です。「絵とは人生である」という視点から感性を育むことの大切さが学べます。

― 講座で扱われた第一問の文章中では、「カント的な道徳性」等の用語が登場します。本文中でも解説はされていますが、知識があればよりスムーズに読み進められるかと思います。難関大志望の生徒に対して教養として身につけさせるべき知識などはありますか。

  • やはり、語彙力を身につけさせることが重要だと思います。例えば「演繹と帰納」について、代ゼミのテキストでは1学期の始めに扱うようにしています。残念ながら、それぞれの単語がどういった意味をもち両者がどのような関係にあるのかを正しく理解できている生徒はそれほど多くありません。帰納は、「事実から規則性や法則性を導くこと」を意味します。その逆が演繹であると漠然とイメージする生徒もいますが、実は評論文においては、「前提条件から論理的に帰結を導き出すこと」と「法律や規則を現実に適用すること」の二つの意味で演繹という言葉が用いられます。前者の例としては三段論法があります。後者については、裁判において事件に対して刑法が適用され、判決が下されることを例に挙げて生徒達に説明します。

― 板書についてお伺いします。講座中では1行あたり5文字から6文字程度の大きめの文字による板書が展開されていました。先生ご自身の中で板書のルールなどは決められているのでしょうか。

  • インタビュー風景 僕は板書を#(ハッシュタグ)のようなものとして捉えています。生徒が予復習をする際にノートを見ることで、どこに何が書いてあったかを検索できるような板書案を目指しているのです。僕は、総文字数が数千字の評論文の中で「肝になるのはココだ」と抜き出して示します。ノートを見直した生徒がすぐに「〇段落の△行のアレだ」と分かるようでなくては、授業中にノートをとらせる意味がありません。キーワードを中心に板書を展開することで、その言葉がどこで現れ、どういった前後関係の中に書かれていたのかをノートを読み返した生徒達に思い出させることができるのです。生徒達には自分が文章を読んで考えた論理の筋道と板書で示される筋道が一致していたかを確認しなさいと指示しています。口頭での説明だけでは、生徒は自分の考えの誤りを見逃してしまうこともありますから、板書や図式化も用いてはっきりと客観的に示すことで、生徒達に「自分の予習には誤読があったのだ」と気づかせるようにしています。

― 先生は、論理構造を非常に重視されています。何か理由があるのでしょうか。

  • 論理には普遍性があるため、一度読んだ文章の構造を正しく理解できていれば、新しく出会う未知の文章の論理構造を読み解く際にも応用することが出来るからです。読んだ文章の全てを記憶することは不可能ですが、文章の論理構造については、生徒達には覚えていてほしいと思います。一度読んだ文章の論理展開、主題、キーワードを全て自分の中に取り込むことが出来るレベルで現代文に向き合ってきたならば、入試本番で出会う初見の文章に対してもそれまでの経験を活かして既知の文章のごとく読み進めることができるでしょう。

― 今回の教材編集と収録は、まさに24年度入試期間に進行いたしました。本講座中で扱うことはできませんでしたが、24年度入試で出題された文章に興味深いものはありましたか。

  • 難関大学については、良い意味で変化がないオーソドックスな出題だったと思います。こうしたハイレベルな大学の出題に共通しているのは倫理性です。何が正しいかという価値は個人によって異なります。なぜならそれぞれ異なる文化、国家、コミュニティに所属しているからです。ですが、根幹には共通した正しさの概念・理念があります。それを元に各人が正しさを解釈したり正しさの感覚を定めたりしているのです。入試問題で扱われる文章については、ベースにそうした正しさについての共通理念が存在するものが多いと感じます。例えば、2024年度の早稲田大学文学部では、青土社『裁判官は感情に動かされてはならないのか?(橋本祐子)』の文章が出題されています。感情だけで判決を下すことは間違っていますが、理性だけを基準とするのもいかがなものでしょうか。この点について誰もが受け容れられる正しさを追求することは意義のある試みだと思います。裁判というのは多くの生徒にとっては非日常的な題材ですが、本テーマを突き詰めていくと感情と理性の調和に関する問題と見ることができます。そのことを示せば、生徒自身の問題と関連付けて考えさせることができるでしょう。

― 大阪大学では2023年度、2024年度と続けて小説の出題が見られました。収録講座では評論を扱っていただいたので講座中では触れられる機会が少なかったと思いますが、小説を指導する際のポイントを教えていただけますか。

  • 小説は論理ではなく感情に重きを置いた表現です。僕の授業では主人公を中心とした心理表現や小説独特の表現技法について取り上げるようにしています。例えば、「会いたいけど会いたくない」といった対立感情の併存やそれに基づく葛藤は小説でよく見られます。また、作者の心情が隠された情景の描写も小説に特有のものです。そして小説読解においては、作者が張った伏線を理解することも大切です。

― 伏線とはどういったものなのでしょうか。

  • インタビュー風景 芥川龍之介の短編小説『蜜柑』の冒頭の描写では、ある少女の抱えている風呂敷包みについて言及されるものの、中身については明かされません。本作のクライマックスでは、少女が窓を開け風呂敷をほどいて蜜柑を投げ落とす場面が描かれます。風呂敷の中身は、見送りの弟たちのために少女が持ち込んだ蜜柑だったのです。ここに冒頭で張られた伏線は回収され、読者は隠された風呂敷の中身を知ることができると同時に物語に奥行きが生まれます。本来、作品舞台における単なる小道具に過ぎない風呂敷包みについて、敢えて印象付けるような描写がされているのであれば、そこに何らかの暗示を込めた芥川の意図に気がつかなくてはなりません。作品の特徴を表す選択肢として伏線表現の説明を選ばせる問題が繰り返し出題されています。

― 最後に全国の先生方へのメッセージをお願いいたします。

  • 哲学者の鷲田清一にプレジデント社『大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた』があります。そこには「大人は一人前になるために、もっと未熟になるべきである」という考えが示されています。成熟とはある意味では完成を意味します。ですが、「自分自身が完成した大人である」、「成熟した人間性をもっている」などの考えに至った瞬間にその人にはある種の欠陥が生じているのです。こうした考えは、現時点での自分を自分だけの視点から見つめることでしか持ちえないものであり、実に主観的で個人的な閉ざされた判断なのです。僕は人間が「成熟」することは一生ない、と考えています。絶えず自身が未熟であると自戒することで、努力の必要性を意識したり、他者に対して謙虚な姿勢でもって接したりすることができます。講座の中でもお話をしましたが、本当の意味で誰かに何かを教えるためには、自分も教えられる(=教えを授かる)という意識を持つ必要があります。これは、僕自身も日々自分に戒めていることです。
    同時に教えることは、苦行、修行、難行だとも思っています。教え方には生徒の数だけ正解があります。一度の授業で全ての生徒をひきつけて、全員に問題意識を抱かせるということは恐らく不可能です。ですが、教壇に立つのであれば、諦めることなくそれを目指し続けなくてはいけません。一人でも自分の話を聞いてくれる生徒がいるのであれば、それを支えに努力を続けてください。自分が成熟していると思った瞬間にその人の成長は止まります。痛みは伴いますが、自分は未熟だと戒めながら教壇に立ち続けることが、生徒から信頼されるための出発点です。

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聞き手:福田

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